エンジン油の規格について


1. 概要

 建設機械の動力源としては、ディーゼルエンジンが主に用いられています。エンジンを常に良い状態に保つためには、適切なエンジン油の選定が必要ですが、その際に目安になるのが規格です。

 エンジン油の規格には、大きく分類して、性能を表わす規格と、粘度を表わす規格の2種類があります。性能規格は、エンジンのタイプ、使用燃料、作業内容、環境条件などに対応して、使用条件がシビアになるほど高性能の規格を選定する必要があります。

一方、粘度規格は、建設機械が使用される温度環境に対応して選定するものであり、性能とは無関係です。以下に、性能規格と粘度規格について解説します。

2. 性能規格

エンジン油の性能規格は、地域やエンジンのタイプによって色々な種類があります。これらをまとめて表―1に示します。

表-1 エンジン油の性能規格の種類と代表例

形式タイプ用途 日本の規格米国の規格欧州の規格 国際規格
ディーゼル4サイクルオフロードJASO規格
(例:DH-1)
APIサービス分類
(例:CE,CF)
ACEA規格
(例:E4,E5)
Global規格
(例:DHD-1)
トラック
バス
APIサービス分類
(例:CF-4,CI-4)
乗用車JAMA/PAJガイドライン
(例:DL-1)
-ACEA規格
(例:B3,B4)
Global規格
(例:DLD-1)
2サイクル全般-APIサービス分類
(例:CD-II,CF-2)
--
ガソリン 4サイクル全般ILSAC規格
(例:GF-3)
APIサービス分類
(例:SG,SL)
ILSAC規格Z
(例:GF-3)
ACEA規格(例:A1,A3) 
2サイクル全般JASO規格
(例:FA,FB,FC)
APIサービス分類
(例:TC)
-ISO分類
(例:ISO-EGD)

 これまでは、米国のAPIサービス分類が一般的に用いられて来ましたが、地域によって使用環境や排気ガス規制が異なってきたため、欧州では1980年代から独自のCCMC規格を制定し、現在はACEA規格として運用されています。また、日本においても2001年にJASO規格が制定されています。

 一方、自動車の輸出入の増加により、日米欧で共通に使えるディーゼルエンジン油規格の必要性も発生し、3地域の規格を包含したグローバル規格も2001年に発表されています。

 日本で主に使用されているAPIサービス分類と、JASO規格の概要を以下に解説します。

2.1 APIサービス分類

 APIサービス分類はAPI(米国石油協会)が定めるエンジン油、ギヤ油の性能分類で、国際的に広く使用されて来ました。ディーゼルエンジン油のAPIサービス分類の概要を表―2に示します。

表-2 ディーゼルエンジン油のAPIサービス分類
制定時期名 称概    要
1940年代CA(廃止)低~中負荷ディーゼルエンジン用で高品質燃料に適用
1949年CB(廃止)低~中負荷ディーゼルエンジン用で低品質燃料に適用
1961年CC(廃止)自然吸気ディーゼルエンジン用で中~高負荷で使用
1955年CD(廃止)過給式ディーゼルエンジンで高硫黄燃料に使用できる
  CD-II(廃止)2サイクルディーゼルエンジン用。4サイクルにも使用可
1983年CE(廃止)過給式ディーゼルエンジンで高負荷で使用できる
1990年CF-4(廃止)高速4サイクルディーゼルエンジン用
1994年CF(廃止)高硫黄燃料を用いる予燃焼室式ディーゼルエンジンに使用可
1994年CF-2高負荷の2サイクルディーゼルエンジン用。4サイクルには使用不可
1994年CG-4低硫黄燃料を用いる高速4サイクルディーゼルエンジン用
1998年CH-41998年排気規制に適合する高速4サイクルディーゼルエンジン用
2002年CI-42002年排気規制に適合する高速4サイクルディーゼルエンジン用

 日本では、現在でも一部でCD級のディーゼルエンジン油が使用されていますが、米国では、既に規格が廃止されています。

2.2 JASO規格

 ディーゼルエンジン油のJASO規格は、(社)日本自動車工業会(JAMA)の要請により、(社)自動車技術会が制定した規格です。これは、従来日本で普及していたAPI CD級エンジン油が、近年の高性能エンジンに適合しなくなって来たことと、米国のAPI CG-4などの最近の規格が、日米の排気ガス規制の違いから、必ずしも日本のディーゼルエンジンに最適ではなくなって来たことによります。

 ディーゼルエンジン油のJASO規格の概要を表―3に示しますが、2001年に制定されたDH-1に続いて、国内の2005年排気ガス規制に対応したDH-2ガイドラインが、2003年4月に自動車工業会と石油連盟から共同発表されました。DH-2は、現時点ではJASO規格ではありませんが、今後自動車技術会の確認検討を経て、2005年にはJASO規格として制定される予定です。

 DH-1とDH-2は、主に高負荷ディーゼルエンジンを対象とした規格ですが、DH-2と同時に発表されたDL-1は、乗用車などの軽負荷ディーゼルエンジンで、DPF(ディーゼルパーティキュレートフィルタ)や排気触媒を装着した車両に適用するエンジン油規格です。

表-3 日本のディーゼルエンジン油規格
名称性格時期概    要
DH-1JASO規格2001年制定 高速4サイクルデイーゼルエンジンで、摩擦摩耗および腐食摩耗防止、高温酸化安定性、すす対策、等の性能向上を必要とする厳しい排ガス規制対応エンジンに用いる。さらに、ピストンデポジット、高温金属表面デポジット、泡の発生、蒸発オイル損失によるオイル消費、せん断粘度低下、オイルシール劣化、等を防止する性能が含まれている。DH-1は、以前の排ガス規制対応のエンジンに使用することも可能であり、またエンジンメーカーのオイル交換距離推奨に従うことを前提に、硫黄分が0.05%を越える軽油を使用する場合にも適用できる。
DH-2ガイドライン2003年発表
(2005年制定予定)
ディーゼル微粒子捕集フィルター(DPF)を装着し、新短期以降の規制に適合した新型ヘビーデューティー用ディーゼル車に用いるエンジン油のガイドライン。JASO DH-1の要求性能に加え、エンジン油中の灰分の規定により、DPFの詰まり寿命を大幅に向上。また、低灰分でありながら酸中和に必要な全塩基価を確保した。さらに、油中のリン、硫黄含有量の目標値を設定し、環境負荷を低減。
DL-1ガイドライン2003年発表
(2005年制定予定)
ディーゼル微粒子捕集フィルター(DPF)を装着し、新短期以降の規制に適合した新型ライトデューティー用ディーゼル車に用いるエンジン油のガイドライン。JASO DH-1の要求性能に加え、エンジン油中の灰分の規定により、DPFの詰まり寿命を大幅に向上。また、省燃費性を規定し、油中のリン、硫黄含有量の目標値を設定するなど、環境負荷を低減。高温酸化防止性も強化した。

2.3 今後の動向

 ディーゼルエンジンの排気ガス規制は、世界的に年々厳しくなりますが、これに合わせてエンジン油規格も改訂が予定されています。

 米国では、2008年の規制強化に合わせて、現在PC-10(開発コード)と呼ばれる次世代規格が開発されており、2007年にはAPI CJ-4として制定される予定です。

 日本でも、ほぼ同じ時期に、次の規制強化が導入される可能性が高く、DH-2に続く規格の開発が必要となることが予想されます。

 また、その時期になると、日米欧の排気ガス規制がほぼ同じレベルに収斂することが予想されますので、統一国際規格が実現するかも知れません。

3.粘度規格

 エンジン油の粘度規格としては、古くからSAE(米国自動車技術会)が定めるSAE粘度分類が国際的に用いられており、現在も改訂を経ながら活用されています。表―4に、現在のSAE粘度分類を示します。

表-4 エンジン油のSAE粘度分類

粘度グレード低温粘度高温粘度
最大クランキング粘度(cP) @温度(℃)最大ポンピング粘度(cP) @温度(℃)
[降伏応力なきこと]
動粘度(cSt) @100℃ 最小高せん断粘度(cP) @150℃
最低最大
0W6,200 @ -3560,000 @ -403.8--
5W6,600 @ -3060,000 @ -353.8--
10W7,000 @ -2560,000 @ -304.1--
15W7,000 @ -2060,000 @ -255.6--
20W9,500 @ -1560,000 @ -205.6--
25W13,000 @ -1060,000 @ -159.3--
20--5.6<9.32.6
30--9.3<12.52.9
40--12.5<16.32.9
(0W-40,5W-40,10W-40)
40--12.5<16.33.7
(15W-40,20W-40,25W-40,40)
50--16.3<21.93.7
60--21.9<26.13.7

 このように、SAE粘度分類は低温粘度と高温粘度の両方を規定しています。

 ここで、低温粘度のうち、クランキング粘度とは、エンジンがセルモーターで始動できる限界を示す粘度です。また、ポンピング粘度とは、オイルポンプがエンジン油を吸引できる限界を示す粘度です。エンジンが始動しても、エンジン油が循環しないと焼付きに至る場合があるので、ポンピング粘度はクランキング粘度よりも5℃低い温度で測定します。

 高温粘度のうち、動粘度は100℃で測定する通常の粘度ですが、高せん断粘度は、エンジン内部での実際の潤滑条件を想定して、150℃でエンジン油にせん断(すべり)を加えて粘度を測定します。

 1種類のエンジン油で、低温粘度と高温粘度を同時に満足するオイルをマルチグレード油といい、例えば「10W-30」のように表記します。低温粘度か高温粘度のどちらかだけを満足するオイルをシングルグレード油と呼び、例えば「10W」とか「30番」のように表記します。

低温粘度グレードに用いられる“W"はWinter(冬)の略です。

 シングルグレード油に比べて、マルチグレード油は、季節によるオイル交換が不要、燃費が良いなどの理由により、近年徐々に普及しつつあります。